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八戸ニュータウン
古川真衣・14歳

 むかあしむかし、思えば五年も前、私はまだ人が少ない八戸ニュータウンに引越してきました。そこは、家も道路もまだ新しいこれこそまさにニュータウンでした。結構、空き地や公園が多くて夏は草でお料理ごっこしたり冬はかまくらをつくったり、はしゃぎっ子の私たちには最高な環境でした。それから五年がたち、ちょっとしたふしめにあるのですがだいぶまわりも変わったなあと思います。畑だった所に家がたくさん建ったり、近くにある森の木が減ってたり花がふえてたり、いろいろ私たちのまわりの環境というのは変わっていったものです。これが時の流れというものでしょうか。その流れといっしょにこの五年間ずっとぎもんに思い続けてきたことがあります。それは「八戸ニュータウン」です。よく見て下さい。「ニュー」「ニュー」この字はまさしく『ニュー』ですよ!ニューとは単じゅんに考えて新しいという意味ですよね。確かにニュータウンは街びらきしてからまだ十五年しかたっていないのでまだきれいで新しいと言えます。しかし、これから長い人生二十年、三十年、五十年とたったら八戸ニュータウンは「ニュータウン」のままでも大丈夫なのかなあという、ちょっとした疑問のようでけっこう大きな問題が、あります。もしかしたらいつしか「オールドタウン」になってしまうのではないかと、とてもあやぶい将来を考えてしまいます。ということで、私は自分の家でこの五年間で古くなってしまったものを探してみました。しかし、思ったよりそんなにボロいとかきたないという所はわりとなく、ゆいいつあったのが道路にしいたレンガが色あせていたことと庭の石にコケが生えていたことです。むしろ、お花がたくさんさいて、木が植えられていて明るくきれいになったと思います。これはきっといつもそうじをして小さなつみ重ねのおかげであまり古くならずにきれいでいられるのでしょう。思えばニュータウンもそうです。道路の草ものびたらちゃんと刈ってるし、犬のうんこはみんなきちんと取るし、そういう街を大切にしていこうという気持ちの小さなつみ重ねの行動で私たちの住むまちは今もオニューなんだなあと感じました。それでも草もボーボーであまりきれいとは言えない所もニュータウンには存在します。そういう所も元のきれいなニューの姿を取りもどしてその形を守りつづけなければなりません。いままでもこれからも私たちのふる里であるこの八戸ニュータウンは何年たってもニュータウンでありつづけるのです。たとえあと百年たったとしてもこの街をオールドタウンとはよばせません。今年で十五周年を迎えたこの八戸ニュータウンはこれからあたらしいオニューな伝説をつくり上げ、きれいで住み良い街であり続けるでしょう。だってここは、八戸ニュータウン。


 
 


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