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住めば都
豊川美紀子・45歳

『住めば都』ふと、広辞苑にはなんて書いてあるのか引いてみた。「住み慣れればどんな僻地も住みよくなる」とある。僻地をさらに引いてみる。『僻地』@都に遠いへんぴな土地。かたいなか。A自分の住む土地の謙譲語。そして、『へんぴ』は、都から離れて未開であること。不便な土地。
 ここへ越してきた時のことを思い出して、思わず笑ってしまった。確かに十年ほど前のニュータウンはへんぴな所だった。学校もなく、お店らしいお店もなく、信号もなく、バスも走っていなかった。ないない尽くしで、これじゃ誰かの歌じゃないかというくらいに。今はそれなりに住宅街にみえるニュータウンも、開発前は本当にただの山だった。それまで住んでいたのは、いわばその山のふもとにあたるところだったので、開発当初から、この山がどんな風になるんだろうという好奇心もあり、時々足を運んでいたので、ただの山だったところに道路ができ、木が伐採され造成される過程も目にしてきた。土地が分譲され、住宅展示場が立ち並び、冷やかし半分に通ううち、高台とはいえ市の中心からもほど近く、駅や高速道路とのアクセスもよい、周りは緑に囲まれ、新しい街として発展して
いく可能性を秘めているこの「山」に惹かれるものを感じ、気がつけばへんぴな土地の住人になっていた。小学校ができるまでの数年は、ふもとの小学校まで送り迎えをしたし、スーパーもなかったので毎日の買い物も一仕事、病院もないので子どもが病気をした時など通院も大変だった。そんな不便だった当時の生活も、今思い出してみるとなぜか楽しい思い出ばかり。小学生・幼稚園児・幼児と、当時既に三人いた子ども達は、公園や児童館に集まる子ども達と、思う存分群れて遊ぶ経験ができた。まだ交通量の少なかった家の前の道路も、まるで歩行者天国状態で親達もそのかたわらで育児相談だったり井戸端会議だったり。ここに越してきてからさらに生まれた四人目の子は、赤ちゃんの頃から、こうした環境の中でみんなに育ててもらった感がある。今の時代は、ともすれば人とのかかわりをわずらわしく感じたり、避ける風潮もあるけれど、ここではみんなが越してきたばかりということもあり、いざという時頼りになるのは『遠くの親戚より近くの他人』。子どものみならず大人も友達を求めていたし、不便であるがゆえに、困ったときはお互い様と自然に助け合う人間関係も生まれた。まだまだ発展途上の街ではあるけれど、そういう意味では、不便な暮らしもまんざら捨てたもんじゃないと思う。ここに住んではや十年、『住めば都』となりつつあるのをを実感している。


 
 


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